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大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)57号 判決 1992年10月02日

原告 増山幸男

被告 大阪府知事

社団法人大阪府原爆被害者団体協議会

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告大阪府知事は、大阪府と被告社団法人大阪府原爆被害者団体協議会との間で、原爆被爆者健康診断受診奨励金の支給事務を大阪府が被告社団法人大阪府原爆被害者団体協議会に委託する契約を締結してはならない。

二  被告社団法人大阪府原爆被害者団体協議会は、大阪府に対し、四九四万四〇〇〇円を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  大阪府における受診奨励金制度

(一) 原子爆弾被爆者の医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)に基づいて実施されている原子爆弾被爆者(以下「被爆者」という。)の健康診断(以下、単に「健康診断」という。)は、被爆者の健康保持向上を図るための制度であり、これには年二回実施される定期の健康診断と、被爆者の申請により実施される健康診断がある。なお、健康診断には、それぞれ一般検査と一般検査の結果更に精密な検査を行う必要のある者につき行われる精密検査がある。

(二) 大阪府は、昭和四八年一一月以降、健康診断の受診率の向上を図り、もって被爆者の健康管理を促進することを目的として、春と秋の定期健康診断を受診した府下の被爆者に対し、その受診の都度一〇〇〇円の受診奨励金を支給することとしている。

2  受診奨励金の支給方法

(一) 大阪府は、昭和四八年一一月の制度開始以来、毎年委託契約を締結する方法により、受診奨励金の支給事務を被告社団法人大阪府原爆被害者団体協議会(以下、「被告被団協」という。)に委託している(以下、右の委託契約を「本件委託契約」という。)。

(二) 被告被団協は、「原子爆弾によるすべての被害者の援護活動を行い、もってその健康の保持増進と福祉の向上をはかること」を目的とし、大阪府の市区町村を単位として組織された被爆者団体(以下、「単位会」という。)を会員とする社団法人であるところ、被告被団協は、本件委託契約に基づき、大阪府から委託事務の遂行に必要な事務費(以下「委託料」という。)の概算払いを受けたうえ、その構成員である単位会を使って受診奨励金の支給事務を行っている。

(三) 単位会における具体的な支給事務は、被告被団協の指示に従い、健康診断の検査日当日に単位会の役員が検査会場に赴き、受診の確認、受診奨励金の支給及び請求書兼領収書の受取を行い、日程が終了すると、受診奨励金の残高と請求書兼領収書を被告被団協に持参する方法によって行われている。

(四) 右手続きの過程において、被告被団協及びその職員並びに単位会及びその役員らは、受診者の住所・氏名、被爆者手帳番号、健康診断受診日を知ることができる。

3  委託料の支払

大阪府は、平成元年四月及び平成二年四月に締結された本件各委託契約に基づき、被告被団協に対し、各年二四七万二〇〇〇円、合計四九四万四〇〇〇円の委託料を支払った。

4  監査請求

原告は、肩書地に居住する大阪府の住民であり、被爆者である。原告は、平成二年四月二六日、大阪府監査委員に対し、本件委託契約の締結及びこれに基づく委託料の支払いが違法であるとして、これを中止させるべく、監査請求をしたが、同監査委員は、平成二年六月二五日、請求に理由がないとして右監査請求を棄却し、原告は、同日その旨の通知を受けた。

二  当事者の主張

1  原告は、本件委託契約の締結が違法であり、かつ、その結果本件委託契約が無効であるとして、地方自治法二四二条の二第一項に基づき、被告大阪府知事に対し将来の本件委託契約の締結の差止めを求めるとともに、被告被団協に対しては、前記各委託契約に基づいて支払ずみの前記各委託料を大阪府に返還するよう求めているものであるが、原告が本件委託契約の違法・無効事由として主張するのは次の四点である。

<1> 地方自治法二四三条は、同法施行令一六五条の三、一六一条一項一号ないし一二号、二項に定める例外を除き、公金支出を私人に委託することを禁止しているところ、本件の受診奨励金は、実質上の交通費であって、右例外にはあたらないから、本件委託契約は地方自治法二四三条に違反する。

<2> 受診奨励金の支給事務は、現実には被告被団協から単位会に再委託されているが、右再委託には法的根拠がなく、違法であり、しかも被告被団協が受診奨励金を支給する事務を受託した場合、その職員数や組織構造上単位会にその事務を再委託せざるを得ない状況にあることは明らかであるから、本件委託契約は被告被団協から単位会への再委託を前提とするものであって、本件委託契約そのものも違法である。

<3> 受診奨励金の支給事務を行うことにより、必然的に被告被団協の職員や単位会の役員に被爆者の重要な個人情報(被爆者であること、その住所、氏名、電話番号、被爆者健康手帳番号、健康診断受診の有無、精密検査が必要な病状にあるか否か等の秘密)が漏れることになるから、本件委託契約は、地方公務員の守秘義務を定めた地方公務員法三四条一項に違反し、かつ、被爆者の健康診断に関して知りえた秘密の漏洩を処罰する旨の原爆医療法二三条に該当する行為を内容とする違法・無効な契約である。

<4> 受診奨励金の支給事務が被告被団協に委託され、さらに現実の支給事務が単位会に再委託されて実施されているために、単位会が被告被団協への上納金や単位会自身の会費を徴求するという名目の下に受診奨励金全額を被爆者に対して直接現実に交付せず、事実上受診奨励金を単位会が強制的に取り上げるという事態が恒常化している。また、被告被団協は、被告被団協に属する単位会のない西淀川区の受診被爆者及び単位会の会員でない受診被爆者に対しては、受診奨励金を健康診断の検査会場で交付せず、郵便振替支払通知書を送付する方法によって送金しているが、右送金は、受診日から三、四か月も遅れてなされている。本件委託契約を締結することにより、被爆者福祉を規定する原爆医療法一条に反するこのような事態が招来されるのであるから、本件委託契約を締結する行為は、被告大阪府知事の合理的な裁量権の範囲を逸脱するものである。

2  これに対し、被告らは、右<1>ないし<4>の違法事由を全て争い次のとおり主張する。

(一) <1>について

本件受診奨励金は、地方自治法施行令一六一条一項七号の「報償金その他これに類する経費」にあたる。原告は、本件受診奨励金は、事実上交通費であるというが、被爆者が健康診断を受ける際の交通費の支給については、国の機関委任事務の一部として大阪府知事が行う別個独立の制度があるうえ、交通費であれば実費に応じて支払われるのが通常であるのに、本件受診奨励金は、全く交通費がかからない者に対しても一律一〇〇〇円を支払うというものであるから、本件受診奨励金が実質上の交通費でないことは明らかである。

(二) <2>について

単位会は、あくまで被告被団協の構成員として受診奨励金の支給事務を行っているのであって、単位会の事業として右事務を行っているわけではなく、単位会と被告被団協との間には独立の委託契約も存在しない。したがって、再委託の事実はない。

(三) <3>について

被告被団協及び単位会は、各単位会の会員である被爆者の住所、氏名等を把握している。したがって、原告の主張する被爆者の個人情報は、被告被団協及び単位会にとっては「秘密」とはいえない。また、単位会の会員でない受診被爆者については、受診奨励金を検査会場で支給せず、郵便振替支払通知書を送付する方法によって送金しているので、単位会の役員においてはその氏名等を知ることができず、これを知ることができるのは、被告被団協の一、二名の職員のみである。

仮に右個人情報が「秘密」にあたるとしても、被告被団協及び単位会の役員は全員被爆者であるから、被爆者の立場をよく理解しており、また、大阪府は、本件委託契約を更新する度に、プライバシー保護について特段の注意をするよう被告被団協に確認しているから、右役員らが被爆者の個人情報を他に洩らすなどして実害を発生させる危険性は全くない。したがって、大阪府が被告被団協に対し、被爆者の氏名等の個人情報を提供する行為は違法性を有しない。

(四) <4>について

単位会が会費名目で受診奨励金を取り上げているという事実はない。また、受診奨励金の支給に長期間を要しているのは、西淀川区の受診被爆者に対してのみであり、その他の地域では、検査会場で支給を受けない受診者(単位会の会員でない者)に対しても、被告被団協は、大阪府が直接支給事務を行うよりも速やかに支給している。なお、西淀川区の受診被爆者に対する送金が遅れるのは、西淀川区においては被告被団協に属する単位会がなく、単位会を手足として使えないために、やむなく保健所、大阪市、大阪府の三者を経由して被告被団協から受診奨励金が支給されるという事情があるためである。

(五) 仮に本件契約が違法であるとしても、本件委託契約による出捐は年間二五〇万円弱であるのに対し、仮に受診奨励金の支給事務を被告被団協に委託せず大阪府のみで行うとすれば、職員の増大とそれによる経費の増大(年間約六〇〇万円以上)は不可避であるから、本件委託契約の締結により大阪府に回復困難な損害が生じるおそれはないというべきであり、したがって、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく差止請求は認められない(同項但書)。

また、本件委託契約が違法であるとしても、私法上無効とまではいえないから、被告被団協の委託料の受領について法律上の原因がないとはいえない。したがって、同条一項四号に基づく被告被団協に対する不当利得返還請求も理由がない。

3  右2(五)の被告らの主張に対する原告の反論

被告被団協はその財政基盤が薄弱であるから、本件委託契約に基づき今後も委託料を払い続ければ、将来において被告被団協から右委託料相当の金員を回収することが事実上不可能となることが明らかである。したがって、本件委託契約の締結により、大阪府は回復困難な損害を受けるおそれがあるというべきである。

また、前記1のとおりの違法事由があるから、本件委託契約は公序良俗に反し私法上も無効である。

三  争点

1  本件受診奨励金は、地方自治法施行令一六一条一項七号の「報償金その他これに類する経費」に含まれるか。

2  被告被団協は、受診奨励金の支給事務を単位会に再委託しているか。

3  本件委託契約に基づき、被爆者の氏名等の個人情報を大阪府が被告被団協に提供する行為は、地方公務員法三四条に違反し、または原爆医療法二三条に該当するか。

4  本件委託契約を締結する行為は、被告大阪府知事の裁量権の範囲を逸脱した行為といえるか。

5  本件委託契約の締結により、大阪府に回復困難な損害が生じるおそれがあるか。

6  仮に本件委託契約が違法であるとすれば、私法上の効力もないといえるか。

第三判断

一  争点1について

1  本件受診奨励金の性格

乙四、証人中井隆良の証言によれば、本件受診奨励金は、健康診断の受診率の向上を図り、よって被爆者の健康管理を促進することを目的として、大阪府が「大阪府原爆被爆者健康診断受診奨励金支給要綱」に基づき、健康診断を受診した者に対して支給している奨励金であると認められる。原告は、本件受診奨励金は、実質的には交通費であると主張するが、乙七、八、二六、二七、証人中井隆良の証言によれば、健康診断受診に際し、本件受診奨励金とは別に交通手当を受診者に支給する制度のあることが認められるうえ、本件受診奨励金は、交通費の有無に関係なく健康診断を受診した者に一律に支払われるものであることに鑑みれば、本件受診奨励金が実質上の交通費として支給されているものでないことは明らかである。

2  そこで、右のような性格を前提として、本件受診奨励金が地方自治法施行令一六一条一項七号の「報償金その他これに類する経費」に含まれるか否かを検討する。

「報償」とは、一般には役務の提供や施設の利用などによって受けた利益に対する代償(対価)を意味するものと解されているところ、健康診断を受けることは役務の提供等とは異なるから、本件受診奨励金をもって報償金そのものということはできない。しかし、「報償金その他これに類する経費」にいう「類する経費」には、警察官の犯人検挙の際の賞与金や優秀卒業生表彰金等の「賞賜金」が含まれると解されており(地方自治法施行規則一五条二項の歳出予算に係る節の区分8参照)、右「賞賜金」が、特定の行為を奨励する意義をも有することに鑑みれば、本件受診奨励金は極めてこれに近い性格を有するものとして、「類する経費」に含まれるものとみることができる。そして、地方自治法施行令一六一条一項一号ないし一二号、二項の各経費と対比すれば、本件受診奨励金を私人に地方公共団体の支出事務を委託できる例外的な経費の中に含めて解することに特に問題はないと考えられる。

3  したがって、本件委託契約の締結は地方自治法二四三条に反しない。

二  争点2について

1  甲七、八、乙二二、証人中井隆良、同高寄金男の証言によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。

(一) 受診奨励金の支給手続きの流れ

ア 毎年四月に締結される本件委託契約に基づき、大阪府は被告被団協に受診奨励金及び委託料を概算払いで支払っている。

イ 定期健康診断のうち、一般検査については、被告被団協が、各地区の単位会の役員に対し、大阪府が作成する被爆者健康診断実施計画に基づき、当該地区の検査日、時間、会場等を連絡し、支給事務を行うよう指示するとともに、検査日までに、過去の受診者数等を勘案して、必要な受診奨励金の額を交付している。

単位会の役員は、被告被団協の右指示に従って、健康診断の検査日当日に検査会場に赴き、単位会の会員ないしは単位会に入会を希望する者について受診の確認、受診奨励金の支給及び請求書兼領収書の受取を行い(単位会の会員でない者及び単位会に入会を希望しない者については右事務を行わないが、その割合は極めて低い)、日程が終了すると、受診奨励金の残高と請求書兼領収書を被告被団協に持参して精算を行っている。なお、右支給事務に携わった単位会の役員に対しては、その請求に基づき、支給事務を行った人数に応じた謝金が被告被団協から支払われている。

ウ 単位会の会員でない者及び単位会に入会を希望しない者に対する受診奨励金の支給、及び定期健康診断のうち、精密検査を受けた者に対する受診奨励金の支給は、検査会場で直接支給することはせず、受診者から被告被団協に医療機関の受診確認印が押印された請求書様式の葉書を送付させたうえ、被告被団協において、右葉書を送ってきた受診者に対し、郵便振替支払通知書を送付する方法によって支給している。

(二) 大阪府は、一般検査を受診する者に対する受診奨励金の支給について、被告被団協がその構成員である単位会の役員を使って右のような方法により支給していることを認識しており、かつ、検査会場で現実に支給する右のような方法がとれることに受診率の向上につながるなどの大きな利点があるとして、被告被団協に本件受診奨励金の支給事務を委託している。

2  右(一)の事実によれば、単位会は、被告被団協の指示に基づいて、定期健康診断中の一般検査に係る受診奨励金の支給事務のうち、単位会の会員ないしは単位会に入会を希望する者について受診の確認、受診奨励金の支給及び請求書兼領収書の受取という一部の事務を行っているにすぎず、被告被団協から委託を受け、その責任において右事務を実施しているものとみることはできないから、再委託の事実はないというべきであり、また、右(二)の事実によれば、もともと大阪府は、被告被団協が大阪府下のほぼ全域において組織されている単位会を構成員としており、単位会を使えば受診奨励金を検査会場において直ちに支給できることに着目して本件委託契約を締結しているものと認められるから、被告被団協が単位会をして前記認定の事務を行わせることは、本件委託契約の趣旨に沿いこそすれ、これに反するものではない。

3  したがって、被告被団協が単位会をして前記認定の事務を行わせていることにより、本件委託契約の締結が違法となることはない。

三  争点3について

1  まず、一般的に、原告主張の被爆者に関する個人情報(被爆者であること、その住所、氏名、電話番号、被爆者健康手帳番号、健康診断受診の有無、精密検査が必要な病状にあるか否か)が、地方公務員法三四条及び原爆医療法二三条にいう「秘密」にあたるか否かを検討するに、今日でも、被爆者であることは特別の社会的差別の原因となりうる事項であるから、誰が被爆者で、その者が精密検査の必要な病状にあるか否かといった事実はもちろん、その者の住所、氏名、電話番号、被爆者健康手帳番号、健康診断受診の有無も、その者を特定し、または病状を知る手掛かりを与えるものとして右「秘密」にあたるというべきである。

2  そこで、以下、本件委託契約締結の結果として、どのような個人情報が、いついかなる者に対して知られることになるか、また、そのようにして知られる事態を招くことが地方公務員法三四条に違反し、または原爆医療法二三条に該当するといえるか否かについて検討する。

甲七ないし九、乙七、八、二二、証人中井隆良、同高寄金男の各証言、原告本人尋問の結果(一部)によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む。)。

(一) 大阪府は、最も簡単な手続で支給が受けられるという受診者の便宜、支給事務が迅速確実に行われるという行政事務の効率的運用という二つの観点から、本件受診奨励金の支給事務を被告被団協に委託している。ちなみに、大阪府は、定期健康診断(一般検査及び精密検査)を受診した被爆者に対し、本件受診奨励金を支給しているが、平成二年度の本件受診奨励金の支給件数は、延べ約一万一〇〇〇件(一般検査一万件、精密検査一〇〇〇件)であった。また、右健康診断に関与する医療機関は六一、検査会場は約二〇〇箇所に及んでいる。

(二) 被告被団協は、被爆者全体の援護活動を目的とする大阪府唯一の公益法人であり、西淀川区及び西成区を除き、ほぼ大阪府下の市区町村ごとに組織された五五の単位会を会員としており、本件受診奨励金の支給事務を行う適性と能力を有している。

(三) 大阪府は、大阪府知事が被爆者健康手帳交付事務を行っていることにより、大阪府下の被爆者の住所、氏名、被爆者健康手帳番号を把握してその記録を保持しており、右記録に基づいて各被爆者に対し、定期健康診断の通知等をしている。

(四) 定期健康診断の一般検査の際の受診奨励金支給事務に携わることにより、被告被団協の役員及び職員並びに単位会の役員らは、次のとおりの個人情報に接することになる。

ア 西淀川区、西成区を除く単位会の役員は、検査当日、当該単位会の会員及び入会を希望する者に対し、受診奨励金を支給し、その際これと引換えに右の者より請求書兼領収書を受け取るが、これにより、その者が被爆者であり右検査を受けたこと、及び右請求書兼領収書の記載から、その者の住所、氏名、電話番号、被爆者健康手帳番号を知ることができる。

イ 西淀川区については、西淀川保健所から大阪府に対して受診者についての結果報告があり、大阪府は、右報告に基づいて被告被団協に対し受診奨励金の支払を指示する。被告被団協は、その職員二、三名を使って右指示に基づき、郵便振替通知書により、各受診者に受診奨励金を支給する。被告被団協の職員は、右支給手続きをする際に、支給の対象となった者が被爆者であり、右検査を受けたこと、及びその者の住所、氏名、被爆者健康手帳番号を知ることができる。

ウ 西成区については、被告被団協の職員が、右アと同様の方法で受診奨励金を受診者に支給している。これにより被告被団協の職員は、右アと同様の事実を知ることができる。

エ 単位会の会員でない者については、検査会場での支給をせずに、その者から請求書を被告被団協に送って貰ったうえ、被告被団協からその者に郵便振替通知書を送付する方法により受診奨励金を支給する。その際被告被団協の職員は、右非会員について、右イと同様の事実を知ることができる。

(五) 精密検査については、検査会場で直接支給することはせず、受診者から被告被団協に医療機関の受診確認印が押印された請求書様式の葉書を送付させたうえ、被告被団協において、右葉書を送ってきた受診者に対し、郵便振替支払通知書を送付する方法によって支給している。これにより被告被団協の職員は、精密検査を受けた者の住所、氏名等を知ることができる。

(六) なお、被告被団協の一部の役員も、その職員が行う受診奨励金支給事務の監督を通じて、右職員が知りえた前記各情報に接する機会がある。

(七) 被告被団協及び単位会の役員はすべて被爆者である。また、現在の被告被団協の職員は、二名であり、うち一名は被爆者である。

(八) 単位会の役員は、当該単位会の会員の住所、氏名を把握している。

(九) 平成三年度の本件委託契約の契約書には、被告被団協の守秘義務が規定されている。また、被告被団協が本件受診奨励金の支給事務を行うようになった昭和四八年以降、大阪府に対しプライバシーに関して被爆者から苦情が寄せられたことはない。

3  右2(四)ないし(六)の事実によれば、本件委託契約に基づく事務を遂行することにより、被告被団協の職員及び一部の役員は、西淀川区及び西成区の被爆者及び単位会の会員でない被爆者で定期健康診断を受診した者の住所、氏名等、及び精密検査を受診した者の住所氏名等の秘密を知ることができ、単位会の役員は、自己の単位会に属する被爆者の健康診断受診の有無という秘密を知ることができるのであるから(右2(八)のとおり、単位会の役員は、当該単位会の会員の住所、氏名を把握しているから、受診の事実以外は単位会の役員にとって秘密とはいえない。)、大阪府は、本件委託契約を通じて右各情報を被告被団協に提供しているということができる。

しかし、右2(一)、(二)の事実によれば、本件受診奨励金の支給事務を被告被団協に委託することには高い合理性があると認められるうえ、右のとおり本件委託契約に基づく事務を遂行することにより単位会の役員が知りうる個人情報は、秘密としての重要度が低いと考えられる受診の有無にすぎないこと、また、被告被団協の職員及び役員の知りうる個人情報は、被爆者であることや精密検査の必要な病状にあることなどの重要な内容を含むものではあるが、これを知ることのできる者の範囲は極めて限られているうえ、右2(二)、(七)、(九)の事実によれば、これらの者によって、右情報が他に伝播するおそれは極めて低いと考えられることなどを考え併せると、本件委託契約に基づき、被爆者の氏名等の個人情報を大阪府が被告被団協に提供する行為をもって、地方公務員法三四条に違反し、原爆医療法二三条に該当する違法な行為ということはできない。

四  争点4について

原告は、単位会が被告被団協への上納金や単位会自身の会費を徴求するという名目の下に受診奨励金全額を被爆者に対して直接現実に交付せず、事実上受診奨励金を単位会が強制的に取り上げるという事態が恒常化している旨主張するが、本件全証拠によるも右主張事実を認めるに足りない。

また、原告は、西淀川区の受診被爆者及び単位会の会員でない受診被爆者に対する受診奨励金の支給が受診日から三、四か月も遅れてなされていると主張するが、仮にそうであるとしても、甲九、証人高寄金男の証言及び原告本人尋問の結果によれば、一回の定期健康診断について、その受診者の総数は概ね五〇〇〇名以上にのぼるところ、これを受診する西淀川区の被爆者は概ね五〇名程度、単位会の会員でない被爆者は三〇名程度にすぎないことが認められるから、前記のとおりの本件委託契約の合理性に鑑みれば、右程度の不都合があることのみで、被告大阪府知事の本件委託契約締結行為が裁量権の範囲を逸脱した違法なものであるとみることは到底できない。

五  以上認定説示したところによれば、本件委託契約の締結は適法であり、かつ、本件委託契約については原告主張の無効事由は存しないというべきである。

よって、本件委託契約の締結が違法であることないしは本件委託契約が無効であることを前提とする原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾政行 庄司芳男 井田宏)

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